元介護職→在宅起業9年目の経営者へ。
「家族の側で、自分らしく働きたい」から始まった僕のSTORY(2026年9月更新)
佐々木 優斗
はじめまして、佐々木 優斗(ささき ゆうと)です^^
僕のHPをご覧いただき、ありがとうございます。
この記事では、「はじめまして」のあなたへ向けて、僕の自己紹介を兼ねて、皆さんからよくいただく
どうやって今の働き方に辿り着いたの?
どんな想いで仕事をしているの?
最初からやりたいことが分かっていたの?
何もない状態から、どうやって最初の収入を作ったの?
家族との時間を大切にしながら、どうやって仕事を作ってきたの?
などのご質問にも、お答えしていきたいと思います。
僕が元介護職から在宅起業に挑戦して経営者になり、自分らしい働き方(複業)で9年間活動し続けてきた体験談を、赤裸々にお話しさせていただきます。
なので、過去の僕と同じように、下記の想いがある方の参考にもなれましたら幸いです。
家族の側で、自分らしく働きたい
知識や経験を活かして、誰かのチカラになれる仕事がしたい
大好きなことを楽しんで、それがお金にもなったら嬉しい
カウンセラーやコーチなどの相談業を生業にしてみたい
もっと自分らしさを発揮してイキイキと生きたい
もし、1つでも当てはまるものがあったのなら、ぜひ続きをご覧になってみてくださいね^^
佐々木 優斗(ささき ゆうと)のプロフィール

まずは、最近僕の発信に出会ったばかりの方に向けて、簡単に自己紹介をさせていただきます。
僕は、生まれ育ちも岩手県の生粋の岩手県民。
今は、小学校3年生と1年生になった2人の息子を育てながら、在宅で「株式会社 日めくり」という小さな会社を一人で経営しています。
主な仕事は、「相談業」。
肩書きでいうと、カウンセラー、コーチ、コンサルタント、プロデューサーなどです。
個人の方からはキャリアや対人関係、パートナーシップなどのご相談をいただくことが多く、個人事業主・フリーランスの方からは、経営やマーケティングなどビジネスについてのご相談をよくいただきます。
また、著者や経営者、アーティスト、インフルエンサーさんからは、プロデュースのご依頼をいただくことがあります。
さらに、相談業としての活動とは別に、シンガーソングライターとしても活動をしていて、イベントで歌を歌ったり、FMラジオでパーソナリティを務めていたこともあります。
なので、いわゆる「パラレルワーカー(複業家)」というのが、僕の働き方であり、生き方です。
ちなみに、WEB上での発信がきっかけでお客様とのご縁をいただくことがほとんどなので、日本全国&海外にもお客様がいらっしゃいます。
とはいえ、PC1台さえあれば、場所に縛られずに、どこでも働くことができるので、基本的には在宅を職場にしながら、小学生になった息子たちに「いってらっしゃい」と「おかえり」を伝えることが僕の日々の小さな幸せです。

こんな話をすれば、よく「多彩ですね」なんてお褒めいただけることがあるのですが、実際は全くそんなことはなくて。
会社員としては働けない社会不適合者だったので、なんとか「自分のチカラで生きる方法」を育て続けてきただけなんですよね。
(余談ですが、性格診断をしてみたら、繊細なのに刺激を求める特徴がある「HSS型HSP」という結果が出ました。どうやら、生粋の「生きづらい人」みたいです。笑)
それに、最初から「やりたいこと」がわかっていたわけではなかったので、高額な起業塾や講座などをたくさん回り、自分迷子・起業迷子を散々やって来た過去もあります。
では、そんな僕が、どうやって人生の舵を取り戻して、自分らしい働き方に辿り着いたのか?
僕の複業STORYを時系列で、お話させていただきます^^
起業のきっかけは“長男が生まれたこと”でした

僕は、28歳まで“ケアマネジャー”という介護の仕事をして来ました。
介護の仕事自体は好きだったのですが、職場の対人関係の悩みが途切れず、
「たった一度の人生。本当にこのままで良いのだろうか?」
というモヤモヤを抱えながら、生きていました。
そんな僕の気持ちを支えてくれていたのは、大好きな音楽活動。
シンガーソングライターを名乗って、休みの日にはライブハウスに行き、歌を歌うことが、僕の生きがいになっていました。
ミュージシャンをしているときだけは、「ありのままの自分」をイキイキと発揮できているように感じられたからです。
「本当は、ミュージシャンをしているときのように、ありのままの自分を発揮して、お金も稼げたら良いのに・・・」
そう思ってはいましたが、夢を現実にする方法もわからず、時間だけが虚しく過ぎていく日々を過ごしていました。
そんな、ある日のこと。
いつものように仕事を終えて、車に乗り込んだタイミングで、妻から電話がかかって来ました。
「あのね、子どもができたみたい。」
その一言を聞いた瞬間。僕は一人でガッツポーズをとりながら、大きな声で「やったー!!」と叫んだことを覚えています。
それは、とても夕日の綺麗な日でした。
生まれて来る我が子のことを想うと、未来への大きな希望を感じずにはいられませんでした。
そして、それと同時に、
「この子の側で働けるようになりたい。
将来、この子が“やりたい”と言ったことは、なんでも叶えてあげられるようなカッコいいパパになりたい!」
という想いが、僕の内側から猛烈に湧き上がって来たんですよね。とても、不思議な感覚でした。

でも、当時の僕は、介護の仕事しかしたことがなかったので、描いた未来を叶えるために、何をどこからどうはじめたら良いのかさえ、全くわかりませんでした。
とはいえ、一つだけ確実にわかったことがあります。
それは、「今の自分」のままでは、「理想の未来」には辿り着けないということです。
介護の仕事をしたままでは、「子どもの側で働く」は叶いません。それに、収入も低かったので、愛する我が子に「自由な選択肢」をプレゼントすることもできない。
「そんな未来だけは、絶対にイヤ」だと思いました。
そこで、人生で初めて「自分のチカラで仕事を作り、お金を稼げるようになる」という選択に挑戦してみることにしたんです。
とはいえ、ビジネスの知識も経験もスキルもなければ、人脈もお金もないというまさに0の状態。そこからのスタートでした。
誰かに相談しようにも、身近にいる人は、親も親戚も友人も自分のチカラでお金を稼いだことがない人ばかり。
そこで、仕方がないので、まずはインターネットで「副業 はじめ方」と検索をして、出てきた情報を片っ端から試してみることにしたんですよね。
具体的には、株、FX、仮想通貨などです。
「稼げる」と聞いたものには、なんでも挑戦してみました。
でも、センスがなかったのか、何をやっても全くうまくいかなくて。笑
何度も心が折れそうになったことを、覚えています。
それでも諦めずに続けていたら、当時流行っていた「ブログ副業」という手段に辿り着きました。
「“書く”という手段なら、僕にもできそう!」と思えたので、最後の可能性だと思って、挑戦してみたところ、なんとこれもうまくいかなくて、たった2ヶ月で挫折。
“希望の光”を見失った気分でした。苦笑
でも、その代わりに、ブログの勉強をしていた際に、たまたま出会った情報の中で「成功したいなら、メンターを見つけなさい」という情報に出会うことができたんです。
それは、自分なりに行動はしていたものの、成果を出せなかったのは、「僕が独学で、間違ったやり方をしていたせいなのではないか?」と気づけた瞬間でした。
そこで、早速インターネットでメンターになってくださる方を検索。
その結果、たまたま出会えたのは、大阪に住んでいた僕よりも1つ年が上の男性で、たった1人で年商1億円以上を稼いでいる、いわゆる“成功者”の方でした。
その方の発信に、ピンと来るものを感じた僕は、その方の下で人生初の自己投資をして、「ビジネス」を学ぶことにしたんです。
その結果、僕の人生は一気に動き出していくことになります・・・
メンターとの出会いがきっかけで、1年で収入が4倍に!?

メンターの下で、正しいブログのやり方を学んだところ、なんと1年で収入が4倍になってしまったんです。
まさに、人生が180度変わる体験でした。
そこで、念願だった「家族の側で働くライフスタイル」を叶えるために、会社員を辞めてフリーランス・個人事業主という働き方をはじめました。
ですが、ビジネスの勉強を続けて行った結果、
僕が最初のメンターから教えていただいた方法は、マーケティング的には正しいものの、「お金だけを追いかけ続けるような稼ぎ方」に見えるようになってしまい、次第に違和感を感じるようになりました。
いくらお金が入って来ていたとしても、心が豊かになっていかないような虚しさに耐えられなくなってしまったんですよね・・・
そのときに思いました。
将来、息子たちが大きくなったときに「お父さんは、なんで働いているの?」と聞かれた際、「お金が稼げるからだよ」としか言えない父親になんてなりたくないぞ!と。
そこで、ほぼ自動的に年収1000万ほどを稼げるようになっていた仕組みを自ら全て壊して、もう一度1からやり直すことにしたんです。
今度は、「お金のためだけではなく、自分らしさを活かして、物心共に豊かさで、誇りを感じられる状態を叶えよう!」と決意したんですよね。
そこで、お世話になっていたメンターにそのことを打ち明け、「これからどうしたら良いか?」と相談をしてみたところ、
「僕が教えられることは全て教えました。ここから先は、優斗さんの“やりたいこと”を自由にやって良いんですよ。」
というアドバイスを頂きました。
それは、事実上の「卒業」を意味する言葉でした。
しかし、「やりたいこと」と言われても、ブログでしか成果を出したことがなかった僕には、他に収入を作り出す方法が何も思いつけなくて。
はじめて自分の中に、「やりたいことがない」という事実に絶望しました。
振り返ってみれば、僕が1年で収入を4倍にできたのは、メンターが敷いてくれたレールがあったからです。
こんなことを自分で言うのは変かもしれませんが、僕は昔から、言われたことなら120点以上でできる優等生タイプの人間です。
でも、裏を返せば「言われたことしかできないタイプの人間」でもありました。
「真面目」と言えば聞こえは良いのですが、頭の硬い、柔軟さのない人間だったんですよね。
だから、メンターから「やりたいことをやって良い」「自由にして良い」と言われた途端に、何をしたら良いのかわからなくなってしまい途方に暮れました。
正直な話。僕は1年で収入が4倍になったことで、「俺は成功者だ!」なんて勘違いをしていたのですが、「やりたいことを見つける」という次のテーマに直面したときに、自分がまだ「起業」という道のスタートラインに立ったばかりであることを痛感したんですよね。
しかし、この時点ではすでに、メンターから教えていただいた収入を得る仕組みを自ら壊してしまっていたので、1日でも早く稼がないと、家族を路頭に迷わせることになってしまう状況でした。
そこで、焦る気持ちから「正解」を探すかのように、新しい学びを求めて、自己投資をすることにしたのですが、
まさか、これが「どん底」につながる選択になるだなんて、当時の僕には予想もできませんでした・・・
妻と2人の息子がいるのに貯金が0円になりました

とにかく変わりたくて、僕は「人生の正解」を求めるかのように、起業塾やビジネスの講座に通ったり、コンサルやコーチング、カウンセリングを受けてみたり、占いや自己啓発、スピリチュアルなどの精神的な学びにもどんどん自己投資をしてみたんですよね。
でも、どんなことを学んでも、僕が求めていた「自分らしさを活かした働き方」には、一向に辿りつくことができませんでした。
というか、そもそも「自分らしさ」がなんなのか?が、わからない。
焦りの気持ちのまま参加したビジネス講座では、200万円ほどの自己投資をして、大失敗もしました。
当時の僕は、完璧に「自分迷子」だったんです。
そして、そんなことを繰り返していたら、貯金がどんどん減っていき。最終的には、妻と2人の息子がいるのに貯金が0円になるという“どん底”まで経験しました。
あの頃は、世界がモノクロに見えていたことを覚えています。
でも、妻や子どもたちのためにも、歩みを止めるわけにはいきません。
とはいえ、現状を打破する方法も思いつかない・・・
「もう、誰か助けてくれーー!!」
と、叫び出したくなっていたとき。
たまたま、新しいメンターとのご縁をいただくことができました。
直感的に「この人だ!」と思えたので、「ここを最後にしよう」と決意し、メンターの下で学ばせていただくことにしたんです。
“自分らしさ”とは何なのか?
“やりたいこと”は、どうすれば見つかるのか?
“自分軸”を持つには、どうしたら良いのか?
“自分仕様の働き方”を創るには、何をしたら良いのか?
ありのままに、軽やかに生きるにはどうしたらよいのか?
そんな深いテーマについて、メンターにたくさん質問をしました。
すると、メンターからこんなことを言われたんです。
「優斗さんの知りたいことは、『脳の使い方』を学ぶと全て解決しますよ」
最初は「脳の使い方ってなんだ?」という感じだったのですが、メンターの下で1年ほど「脳の使い方」を学んで行く中で、僕は確実に「人生の舵」を取り戻していきました。
モヤモヤ人生迷子から卒業できた「脳の使い方」とは?

「脳の使い方」という言葉をはじめて聞いた方のために、ちょっとだけ解説をすると、要は「考え方のクセ」を変えていくための学びのことなんですよね。
誰しもが、生まれ育った環境の影響を受けて、無意識のうちに考え方のクセを身につけ、独自の「脳の使い方」をしています。
この一人ひとり違う「脳の使い方」のことを、「自分らしさ」と呼んだりするわけです。
僕の場合は、「言われたことなら120点以上でできる」が、しかし「自由にやって良いと言われるとできない」という“脳の使い方のクセ”を持っていたので、メンターのサポートを受けながら、自分仕様の脳の使い方を整えました。
ちなみに、もしかしたら、この話を聞いた方の中には「自分のことなんだから、誰かに頼らなくてもできるんじゃない?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
でも、自分の背中を自分では見れないのと同じように、思考の中には「盲点」があるので、「自力」で解決できる範囲には限界があるんですよ。
オリンピック選手のような優れた人でも、必ずコーチやメンターからのサポートを受けて成長しているように、「モヤモヤ人生迷子」から抜け出すためにも、メンターの存在が必要であることを痛感できたできごとでした。
そうして、メンターからのサポートを受けていく中で、少しずつ自分の軸が感じられるようになったり、「やりたいこと感覚」を育てることができたので、ようやく【答え】が見えはじめたんです。
僕が見つけた答えは、「自分仕様の働き方を創って良い」という自分に対する“許可”に似た感覚でした。
それまでの僕は、世の中にある「職業」や「肩書き」の中に自分をはめないといけないという思い込みを持っていたんですよね。
でも、僕にあった職業も肩書きも、世の中にはなかったんです。
無理にサイズの合わない服を着ようとすると、窮屈さを感じるのと同じように、僕の「シゴト」という存在は、既製品にあてはめることができない形状だったらしく。オーダーメイドで製作する必要があることが、判明しました。
そこからは、人生が軽やかに動き出しました。
“複業”という「じぶん仕様の軽やかな働き方」へ

「肩書きに縛られなくて良い」という許可を自分に出せるようになってからは、「誰かに貢献できることなら、なんでもやってみよう」と思えるようになりました。
そこで、まず最初に思いついたのは、「会社員からブログで独立できた」という体験談を発信してみることだったんです。
僕自身の人生を大きく変えることができた体験談を発信することで、当時の僕と同じように悩んでいる方のチカラになれるのではないかな?と思ったことがきっかけでした。
すると、「ブログの作り方を教えてほしい」と何名か相談をしてくださるようになったので、「ブログの作り方」を教える活動をはじめてみました。
するとすると、仲良くなったクライアント様から、「こころの相談」を頂くようになったので、カウンセラーの資格を取得して、カウンセリングのお仕事もはじめてみたんです。
するとするとすると、今度はカウンセラーになりたい方から「どうすれば、カウンセラーを仕事にできますか?」というご相談を頂くことが増えたので、今度はビジネスコンサルタントとしても活動するようになりました。
さらに!そんな僕の活動を見てくださっていた経営者の方から、「うちの会社の事業を手伝ってほしい」「顧問になってほしい」「プロデュースをしてほしい」というご依頼もいただくようになったので、プロデューサーとしての仕事もはじめることになりました。
また、ブログで培ったWEB知識のおかげで、HP制作のお仕事をご依頼いただくようになったり、人脈が広がったおかげで、音楽活動からも収入を得られるようになり、20代の頃に憧れていた「音楽を仕事にしたい」という夢も叶えることができました。
振り返ってみると、我ながらまるで「わらしべ長者」みたいなキャリアの作り方をして来たなぁと思います。笑
でも、あえて大袈裟な言い方をすると「導かれた」という感覚もあるんですよね。
自分仕様の脳の使い方がわかるようになり、人生の舵を自分の手で自在に取れるようになってからの数年間は、流れに乗れるようになって来たと感じられています。
「やりたいこと」がわからず、貯金が0円になった頃は、世界がモノクロに見えていましたが、今では人生に色彩豊かな色を自由につけていける喜びを感じられるようになりました。
・・・といっても、もちろん僕はまだまだ未熟者です。道半ばにいますので、これからも成長の中で気づいたことや、学べたことをnoteでも発信し続けていきたいと考えています。
そんな僕が、これから進んでいきたい未来は、実はハッキリと決まっています。
「今が一番幸せ!」と言える仲間を増やし続けたい

やりたいことがわからずに、人生がモノクロに見えていた僕が、複業(パラレルキャリア)という自分仕様の働き方を創り、人生にイロドリを取り戻せた。
という体験の中で学んできたことは、きっと当時の僕と同じように、キャリアや人生に悩んでいる方のお役に立てるのではないかな?と感じています。
そこで、「『今が一番幸せ!』と言える仲間を増やしたい!」という想いを込めて「株式会社 日めくり」という“日常”をイメージできるような名前をつけた会社を創りました。
実は、この想いに至った背景には、僕が20代の頃働いていた介護施設で出会った、とある“90歳のおばあちゃん”とのエピソードがあります。
前述した通り、20代の頃の僕は「人生」について、深く悩んでいました。
そこで、介護施設を利用していた高齢者の皆さんに対して「人生って、何十代頃が一番楽しいんですか?」という質問をしてみたんですよね。
すると、多くの方が「お前と同じ、若い頃が一番楽しいに決まっているだろ!」と話してくださったのですが、その中でたった一人だけ、
「私はね。今は一番幸せなんだよ。」
と話してくださった、90歳のおばあちゃんがいました。
とても笑顔の可愛い、優しいおばあちゃんでした。
僕は、その一言を聞いたときに、絶望したことを覚えています。
だって、当時の僕は、そのおばあちゃんよりも若いし健康なのに、口が裂けても「今が一番幸せ」だなんて、言えないような毎日を過ごしていたからです。
そこで、そのおばあちゃんに続けて聞いてみました。
「どうしたら、あなたのように、幸せに生きられますか?」と。
すると、そのおばあちゃんは「毎日に感謝をして、楽しみながら生きること。今日よりも若い日はないからね。」と、教えてくださいました。
おばあちゃんの一言一言が、僕の胸に深く刺さりました。
そんな愛のある言葉を、僕はたまたま起業する前に頂けていたおかげで、今日までやって来れたようにも感じられています。
道に迷いそうになったとき、人生につまづきそうになったときは、いつもあのおばあちゃんが話してくださった「私は今が一番幸せ!」という言葉と在り方を思い出して、人生の指針にして来ました。
だから、今後はあのおばあちゃんのように「今が一番幸せ」と感じながら生きられる人を一人でも多く増やせることを仕事にし続けていきたいと思っています。
そのためになら、「手段」や「肩書き」なんて、どうでも良いんですよ。
複業(パラレルキャリア)という働き方をしていると、“複数のこと”を同時にやっている人のように見られますが、僕としては「今が一番幸せ!と言える人を増やすシゴト」という一つのことをやっているだけなんですよね。
欲を言えば、世界中の人が「今が一番幸せ」と思えるようになれたのなら、最高だと思っています。
でも、僕一人の影響力では、世界中の人のチカラになることはできません。
だから、「今が一番幸せ」と心から言えるような在り方で生きている仲間を増やす活動をし続けていきたいんですよね。
ちなみに、そんな僕の想いに共感してくださった方々が、僕が運営しているコミュニティ「HOME」にはたくさんいらっしゃいます。

HOMEメンバーの皆さんの中には、当時の僕と同じように「自分らしさ」を育てている方もいれば、HOMEでの学びを活かして自分仕様の活動を作り、すでに「今が一番幸せ」と言える人生を描いてフリーランスや個人事業主、経営者になった方もいらっしゃいます。
活動の内容も、一人ひとり違くて、
カウンセラー
コーチ
セラピスト
占い師
小説家
漫画家
絵本作家
刺繍作家
ミュージシャン
ブロガー
YouTuber
WEBデザイナー
ライター
などなど・・・
学生さんや主婦の方から、個人事業主・フリーランス、法人経営者の方まで、一人ひとりが自分仕様の活動を創り、軽やかにイロトリドリな人生を描いていらっしゃる姿は美しく、仲間としてとても誇らしく感じます。
おわりに。「できないのではなくて、知らないだけ」です
僕の長いプロフィールを最後までご覧いただき、ありがとうございました。
僕の9年間の起業ストーリーが、何かあなたの参考にもなれていましたら幸いです。
この記事は、AIをいっさい使わずに、僕が直接書いたものなのですが、この記事を書きながら、過去のことを振り返っていたら、ふと、
「もし過去の自分に何かメッセージを送れるとしたら、何を伝えたいだろう?」
なんてことを考えました。
そこで思いついたのが、
「君は、できないんじゃなくて、知らないだけだよ。」
というメッセージです。
自分のチカラで生きてみることに挑戦しはじめたばかりの頃の僕は、知識もスキルも自信も、人脈もお金もなくて、本当にゼロからのスタートでした。
だから、何度も諦めそうになったし、挫折しそうになったことがあります。
でも、その度に、「家族やご縁をいただけた仲間と、お客様のチカラになりたい!」という想いを胸に抱き、進み続けていたら、ちゃんとそのタイミングで必要な情報や知識、人とのご縁を引き寄せることができて、
「できない」と思っていたものが、「知らないだけだった」ということに、幾度となく気づかされました。
だから、もしあなたが今、当時の僕と同じように、出口の見えない日々の中で、世界がモノクロに見えていたり、道に迷っているのだとしたら、それは「できない」のではなくて、まだ自分に合った方法に出会えていないだけで、
決して、あなたが劣っているわけでも、今までやって来たことが間違いだったわけでもない!!と声を大にして、お伝えしたいなぁと思います。
だって、もしどこかで選択を間違っていたのなら、あなたは今、生きていないはずなんですから。
「今、生きている。」ということは、過去のあなたが一度たりとも選択を間違えなかったという証拠なんですよ。
どんなに失敗を経験していても、何度も挫折をしていても。今、あなたは生きているんですから、大丈夫なんですよ。
もし、今思うようにいかないことが目の前にあったとしても、「できない」のではなく、本当は「知らないだけ」だとしたらどうでしょうか?
そう、「知る」をしたら良いだけなんですよね。たったそれだけのことで、道は拓けていきます。
大丈夫。あなたなら、きっとできます。
僕の長いプロフィールに“何か”を感じて、最後まで読んでしまったほど、ご自分の人生の可能性を信じ、学びを止めずに、歩み続けているあなたになら、きっとできます。
まだあなたとは、ここでしかお会いできていませんが、もしご縁がありましたら、いつの日か、リアルでも直接お会いできたら嬉しいです。
そして、ぜひ今度は「あなたのSTORY」を聴かせていただけることを、楽しみにしております。
もっと、彩り豊かな毎日へ。
